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ちいさいということ

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たぶん なにもかもが つまらなくとるにたりない。
大切なことは ほんのわずかだ。(あるいは ほとんど存在しない)
でも 僕らが楽しむのは むしろ そのつまらなくとるにたりない ところにあるのかもしれない。(楽しみ は 僕らの栄養だから)

ぼくらは ほんとに小さい 
僕らが生きているのは 星の人生 ではない。
それからみれば まさしく 瞬間 を生きているのだから。
だから ぼくらが後生大切にかかえている 
教義は たぶん この人生の中ではほとんどいかされない。
それらは大抵 次元を異にしている内容を含んでいるから。
ただ、星の人生 が不要なのではない。
というのも 僕らは そこへこそ 向かっているのだから
多分 人間は ほんとに 木のような ものなのだろう。

そこで 僕は唐突にも感謝を捧げたい。
この卑小な存在に これほどの巨大な魂を封じ込めた ナニモノカ に対して。
ただ それに 神 という表現はしたくない。
それは その深さ に対して 自己の責任を放棄してしまう。
いますこし明晰に認識できたとき 僕は 自分で それに 名前をつけるだろう。
それは、命名されるためにひっそりとたたずんでいる無言歌のようだ。

狂気

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世界には、正常な人間はいない。
ある気違いと別の気違いしかいない。
彼らは争い、自分を正当化し、
偽りの同胞の呼びかけをする。
これが、今行われている状況の概要だ。
彼らは それこそ何でもすることができる。
自分の父や母ですら、「大儀」という神のごみ箱に投げ捨てるのかもしれない。
なぜに、彼らは 気違いだからだ。
たとえ その気違いのベクトルが逆転していようと なんら同じこと。
もし、「解決」という鍵が彼らの食台にあって、
その鍵に「未来」の刻印が押されているのにしても、
それは 彼らが 互いに 自分が気違いであることを認識し、
そこから 出口への道筋を互いの鍵から復号するしかないのだ。

つまり
ぼくらは 狂っている 
がゆえに 正しさ を求める
それは 敵 の中にある
それが 道 になる

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  • Dans le ciel 的思考?ではなく表象でもなく 反映 とでもいうようなものかな・・・

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